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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)165号 判決

徳島市幸町三丁目七八番地の一

上告人

今川康司

右訴訟代理人弁護士

田中達也

徳島市幸町三丁目五四番地

被上告人

徳島税務署長 徳田昭

右当事者間の高松高等裁判所昭和五六年(行コ)第三号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年九月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中達也の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができその過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治)

(昭和五七年(行ツ)第一六五号 上告人 今川康司)

上告代理人田中達也の上告理由

原判決の事実認定にあたっての証拠の取捨選択は条理、経験則に反し、著しく合理性を欠くものであってその結果事実の認定を誤ったものであり、破棄を免れないものと信ずる。

すなわち、本件は上告人を含む四名の共有であった名東山甲山(本件山林の略称)を不動産仲介業者である訴外近藤貞吉を通じて訴外遠藤音市に金七〇〇〇万円で売却したについて、上告人は金三二〇〇万円以上で売れた場合は訴外近藤の取り分とする旨の約定のもとでの販売であったから上告人ら四名が取得したのは三二〇〇万円であって差額三八〇〇万円は訴外近藤が取得した旨主張するのに対し、被上告人は七〇〇〇万円を上告人ら四名が取得したとして課税しているものであり、上告人ら四名の取得額が唯一の争点であったが、これを明白にできる直接証拠はなく、原判決(すべて一審判決を引用しているので一審判決、以下同じ)は間接事実によってこれを推認する方法によって事実を認定した。しかし、間接事実による推認にあたっては当然に主要な間接事実を公平に洩れなく比較検討することを要し、その取捨選択と推認は条理、経験則にもとずく合理的なものでなければならないが、原判決はこれに反する。

第一に、本件名東山甲山は、主要な宅地造成部分約五〇〇〇坪を売却処分したあとの残地であり三〇度近い勾配をもつ山林切削跡の傾斜面であり地すべり地帯に属していて宅地その他の利用可能面積の乏しい土地であって、昭和四六年当時の客観的な価格は三、〇〇〇万円以下であったことは税務調査員白川忠晴の証言によっても明らかなところである。上告人ら四名の名東山甲山の売却による所得額を推認するには、売却時における客観的な時価の認定は間接事実として最も重視されるべきであり、条理、経験則からもこれを無視し得ないことは勿論である。客観的な時価が三、〇〇〇万円以下であったという認識から見れば、三、二〇〇万円以上で売れればそれ以上は訴外近藤の取り分とする旨の約定のもとに同訴外人が売却に奔走した経緯も納得できるし、七、〇〇〇万円という価格が異常なものであることにも気付く筈である。然るに原判決はこの最も重視すべき客観的な時価についての判断を重要な間接事実としてとらえようとしなかった。

第二に、昭和四六年七月三一日訴外遠藤音市から支払われた一、〇〇〇万円の小切手五枚、現金二、〇〇〇万円のうち、小切手二枚は近藤が、同三枚は上告人らが取得したのは明白だが、現金二、〇〇〇万円を誰が取得したかが明らかでない。そこで被上告人がこれを上告人が取得したものとして課税した根拠が問われるのは当然である。右の点につき、本件における審理の結果、乙九号証の四及び白川忠晴証言により、右七月三一日当日上告人の徳島信用金庫普通 金口座に金九四五万三、七三〇円が入金になっており、これは右当日上告人が小切手で三、〇〇〇万円を取得した中から日本長期信用銀行からの借入金二、〇〇〇万円とその利息金四八万三、九四五円を支払い、六万円余は現金で使用してその残額を普通預金口座に入金したものであり、従って当日上告人ら四名が分配のために別にとり組んだ計一、二〇〇万円の小切手は三、〇〇〇万円の小切手からはつくる余地がなく上告人が別に現金を受領していたものに相違ないと、被上告人が判断し、この判断による予断のもとに調査が行なわれていたことが明らかとなった。

すなわち、右普通預金口座へ入金された金九四五万三、七三〇円が西名東山甲山の売買代金の一部であるという前提のもとに上告人の所得に対する賦課決定処分がなされていたものである。

ところが調査の結果、右普通預金への入金は西名東甲山とは全く無関係の入金であることが判明し(甲三号証)被上告人もこれを認めるに至った(乙一〇号証の五)。すなわち、税務署が上告人らの取得額を三、二〇〇万円ではなく七、〇〇〇万円であると考えた唯一の客観的証拠が全くの誤りであることが判明したわけであるが、このことは単に一つの証拠が消滅したというものではなく、上告人らの所得を判定するうえでの重要な間接事実として捉えるべきである。何故なら税務署は先づ金銭の流れを調査し、その調査結果にもとずく判断により対人調査を行なうものであるから、金銭の流れの把握において根本的な誤りがあった場合は対人調査の結果についても同様に重大な疑問が投げかけられねばならないからである。

然るに原判決は右税務署側の調査の誤りについては一顧だに与えず、何の判断資料にもしていないのであり、結局証拠の取捨選択、価値判断を誤ることとなってしまった。

第三に、訴外近藤の訴外遠藤に対する売買交渉の異常性である。

その一は交渉を始めて僅か三日間で即金取引の方法で売買を成立させたことであり、その二は三、〇〇〇万円以下の価値しかない西名東甲山を倍額以上の七、〇〇〇万円の価格で交渉を成立させていることであり、その三は訴外大山某が一億円で買うことになっている旨訴外遠藤を信じさせたことである。右の如き売買交渉の一切を訴外近藤が行なっていることは、上告人らの取得額を判定するうえでの重要な間接事である。 故なら、右の如き訴外近藤の行動は単なる仲介人の立場でとりうるものではなく自己の利得を目的としてこそはじめて可能だからである。

然るに原判決は右売買交渉の異常性を全く顧慮しなかった。

以上のとおり、原判決はいくつかの重要な間接事実を無視し、上告人に不利な間接事実のみで上告人の所得を推認したものであり、その間接事実にもとずく推認方法は違法であり、この違法なかりせば本件の結論を異にしたであろうことは明白であるから破棄を免れないものと信ずる。

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